国際人権団体の買春処罰への批判

2026.05.08

国際人権団体による買春処罰導入への反対

国際人権団体は、買春処罰の導入に反対しています。国連合同エイズ計画(UNAIDS)、世界保健機関(WHO)、国連人口基金(UNFPA)、国連開発計画(UNDP)、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、国際家族計画連盟(IPPF)、国際セックスワーク団体ネットワーク(NSWP)はいずれも、成人間の合意に基づくセックスワークの非犯罪化モデルを支持し、法的な買春処罰の導入(ノルディックモデル)を問題視しています(UNAIDS, 2017; WHO, n.d.; UNFPA, 2024; UNDP, 2015; Amnesty International, 2016; Human Rights Watch, 2019; IPPF, n.d.; NSWP, 2024)。

国際人権団体の具体的な提言

上記の国際機関等は、「買春処罰」ではなく、非犯罪化にむけた法改正と社会的支援の拡充によって、セックスワーカーが福祉・医療へ安全にアクセスできる環境を整える必要があると提言しています 。強制された性取引の被害者を救済することと、セックスワーカーの人権を守り、その安全および労働環境の改善を目的とするならば、買春処罰の導入は適切ではないでしょう。

国連人権理事会の「すべての人が享受することのできる到達しうる最高水準の身体的・精神的健康の権利に関する特別報告者アナンド・グローバーによる報告書」(2010)は、「セックスワーク」と「人身取引」の混同が、セックスワーカーや、強制された性取引のサバイバーへの誤った対応、暴力、過剰な取締りに繋がっていることに警鐘を鳴らしています(Grover, 2010)

アナンド・グローバーによる報告書に加え、「女性・少女に対する差別作業部会」(2023)等の、多くの女性や移民の人権に関する国連の報告書が、セックスワーカーの安全な労働条件と労働保護の権利を国が保障すべきであり、そして、移民を含むセックスワーカーが社会保障や公的支援制度に包摂されるべきということを主張しています 。それらは、成人間の合意に基づくセックスワークの全面非犯罪化を改めて強く要求しています(OHCHR, 2023)

多くの国際人権団体の報告書では次の点が特に強調されています

  • 暴力・強制・搾取は既存の刑法や人身取引法で十分に取り締まることが可能である 。
  • 同意に基づくセックスワークまでを犯罪化する必要はなく、むしろセックスワーカーの人権の視点では逆効果である。
  • セックスワークの非犯罪化こそが、性取引を行う女性を含むすべての人の権利と安全を最大限に守る唯一のアプローチである。
  • 非犯罪化はセックスワークを肯定するためではなく、同意のある成人間の性取引に従事するセックスワーカーを「暴力・搾取から守る最も現実的で実証的な方法」として提案されています。

買春処罰モデルは、より弱い立場の人を追い詰める?

買春処罰モデルが最も重い負担を与えるのは、移民、経済的困難、社会的孤立など、すでに脆弱な状況にあるセックスワーカーだと指摘されています。

Niina Vuolajärvi(2022)は、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドにおいて3年間にわたり研究を行い、買春処罰法がセックスワーカーを取り巻く状況を悪化させたことを示しました(Vuolajärvi, 2022)。本研究には、セックスワーカー、利用客、警察、ソーシャルワーカー、政策立案者などへの210件のインタビューに加え、詳細な法制度および政策分析が含まれています。

調査の結果、買春処罰法における以下の問題が明らかになりました。

  1. セックスワーカーが利用客を選別しづらくなり、危険な客を避けにくくなる。→ 安全な場所や条件で働くための交渉の困難を招きます。
  2. 警察の取締り強化が移民セックスワーカーの監視や強制送還に利用される。→ 移民のような特定のセックスワーカーは暴力被害に遭遇した時、セックスワークをやめたい時、警察などに相談できない状況が生まれます。さらに、そのようなセックスワーカーは福祉や医療へのアクセスからも遮断され、生活がより不安定になることが指摘されています。

つまり、買春処罰のような犯罪化は「セックスワークを減らし、そこでの暴力をなくす」のではなく、セックスワーカーをより危険で支援が届きにくい環境へ追いやり、根本的な問題に蓋をするという逆効果を生んでしまうのです。

買春処罰モデルが適応された後のフランスの状況は?

首相の要請により法律が施行されてから2年後の状況を評価するために、利用客の刑罰化を含む法律(2016年施行)の評価がフランスで行われました。報告書は、フランスの3つの主要な政府監察機関(IGA, IGAS, IGJ)により、合同で作成され、2019年12月に公表されています(IGA et al., 2019)。

内容を要約すると

  • 法律を国全体でまとめて管理・運営する体制が不十分である。
  • 売春が路上から私的な場所やインターネットに移り、以前よりも、その実態が見えづらくなっている。
  • 未成年者による売春が深刻なレベルで増加している 。
  • セックスワークから抜け出すための支援制度(PSP)が、予算や体制の面で十分に機能していない。

また、報告書は、具体的に次のような買春処罰法の効果を否定する調査結果を提示しています

売買春の実態と法律の影響(5ページより)

売買春のインターネット化が進み、実態が大きく見えにくくなっています 。そのため、正確な規模を数字で把握することは不可能な状況です 。2019年の評価報告書においても、法律施行の前後を比較できる信頼性の高いデータが不足しており、法律全体の影響を数量的に測ることはできないと明記されています。

その一方で、売春従事者の推計人数は、2015年の約3万7千人から2019年には約4万人とされ、増加していることがみてとれます 。路上での売春は減った一方、オンラインを通じた屋内型の売春が増加しており、さらには、未成年者の売春が深刻化し、2015年以降285%増加したとの報告もされています。

売春からの脱却支援制度(PSP)の課題(63ページより)PSPは、県ごとに運用や基準の解釈が異なり大きな不平等が生じています。特に在留資格の扱いについて、一部の県では外国人へのPSP付与を拒否しており、人身取引被害者など、支援が必要な人々が制度から排除されています。また、「PSP開始前に売春をやめていること」や自立要件についても解釈にばらつきがあり、制度の実効性を下げています。

PSPの成果と限界(68ページより)

PSPは、利用者の47%を初期的な就労(主に清掃業など)につなげるという一定の成果を上げています。しかし、支援団体は、煩雑な書類作成や限られた審査枠のため、最も困難な状況にある人よりも、(当人のセックスワークからの離脱を含めた)支援が成功しやすい申請を優先しています。その結果、もっとも脆弱で孤立した人々が支援から取り残されていることが指摘されています。

買春処罰法に賛成する国際人権機関はあるのか?

2024年7月25日の欧州人権裁判所(ECtHR)判決は、近年の国際人権団体のセックスワークに関する発言の中で唯一、買春処罰を支持する立場を明確に否定しなかったケースです。ただし判決は、買春の刑罰化を推奨したわけではなく、フランスの法律が欧州人権条約(ECHR)第8条「私生活の尊重を受ける権利」に違反しないと判断したにすぎません。

そして、上記判決に対し次のような批判がなされています。

アムネスティ・インターナショナルは、「セックスワークを犯罪化することが差別やスティグマを強め、社会の中でも最も周縁化された存在であるセックスワーカーの安全を危険にさらすという事実を認識していません」と述べています(Amnesty International, 2024)

研究雑誌『Health and Human Rights』における以下3点の批判(Gupta, 2024)

  1. 利用者の犯罪化は人身取引対策および当事者保護に効果がない 。 裁判所は、「買春処罰が人身取引を減らし、当事者を守る」とするフランス政府の主張を十分に検証していません。実証研究において、買春処罰はセックスワークを地下化させ、暴力・搾取の危険性を増大させうると指摘しています(Krüsi et al., 2021; Krusi et al., 2014)。
  2. 非犯罪化を検討していない 。 セックスワークに関する他の法律モデルを考慮し、現場における暴力・搾取の廃止という目的達成のため、「より規制の少ない手段」を検討するべきです 。セックスワークの非犯罪化は安全・健康・サービスアクセスを改善しうる一方で、買春処罰化は多くの害をもたらすと言われています(Sudirham & Sari, 2024)。
  3. 買春処罰がもたらす深刻な人権侵害の評価 。 裁判所は、セックスワーカーに対する買春処罰法の利害を十分に比較しておらず、プライバシー保護、自己決定、安全・健康への影響を過小評価しています 。その犯罪化は、社会的に周縁化されている立場にある人々をより不安定な状態に追い込み、構造的差別と不平等を強化しうるといえます。


参考文献

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Vuolajärvi, N. (2022) Criminalising the Sex Buyer: Experiences from the Nordic Region (Policy Brief 06/2022). London School of Economics & Political Science.

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